自己免疫性肝炎(じこめんえきせいかんえん)は、多くの場合には慢性に経過する肝炎で、肝細胞が障害されます。血液検査では肝臓の細胞が破壊される程度を表すASTやALTが上昇します。自己免疫性肝炎が発病するのには免疫の異常が関係していると考えられています。中年以降の女性に好発することが特徴です。原因がはっきりしている肝炎ウイルス、アルコール、薬物による肝障害、および他の自己免疫疾患による肝障害を除外して診断します。また、治療では副腎皮質ステロイドが効果的です。英語での病名はAutoimmune hepatitisであり、頭文字を略してAIH(エー・アイ・エッチ)と呼ばれます。
私たち研究班が2004年に行った調査では、全国に9,000人程度(人口10万人当たり9人)の患者さんがいると推定されましたが、2018年に再度行った調査では全国の患者数は推定30,000人(人口10万人当たり24人)であり、この14年間で患者数が約3倍に増加していました。
自己免疫性肝炎と診断される患者さんの男女比は1:4で、女性に多い病気です。中年女性に多く50歳から60歳代が発症の中心となっていますが、若い女性や小児での発症も珍しくはありません。近年の傾向として男性の患者さんが以前よりも増えており、また高齢化が示されています。
原因は不明です。血液検査で自己抗体(抗核抗体や抗平滑筋抗体)が陽性で免疫グロブリン、ことにIgGの血中濃度が高く、副腎皮質ステロイドによる治療によく反応することなどから、自己免疫が関与していると考えられています。肝臓の組織検査でもリンパ球が多数肝内に存在し、肝細胞が障害されている像が認められます。ウイルス感染や薬剤服用、妊娠・出産後に発症する場合もあり、これらが発症の引き金となる可能性が報告されています。
遺伝することはありませんが、日本人では60%の症例でHLA-DR4陽性、欧米ではHLA-DR3とHLA-DR4 陽性例が多いことから、その発症に何らかの遺伝的因子が関与していると思われます。しかし、PBCとは異なり、AIHの発症に関与することが明確な遺伝子は見つかっていません。親子や兄弟など家族内で発症する例もありますがごくまれです。
通常は自覚症状がなく、健診などで偶然発見されることが多いようです。急性肝炎として発症する場合は、倦怠感、黄疸、食欲不振などの症状がみられますが、自己免疫性肝炎に特徴的な症状はありません。病気が進行した状態で発見される場合もあり、肝硬変へ進行した状態では、下肢のむくみ、腹水による腹部の張りや吐血(食道・胃静脈瘤からの出血)などの症状がおきることがあります。
通常AIHは慢性肝炎として発症し、ほとんど症状がなく、偶然血液検査で気づかれることが多い病気ですが、時に全身倦怠感や黄疸などの症状を呈しながら、急激に発症することがあります。このように急性肝炎様に発症する場合、抗核抗体が陽性である、血清IgGが高いなどAIHの特徴を示さない場合が多く、AIHという診断がなかなかつけられないことがしばしばあります。その結果、 副腎皮質ステロイド薬による治療が遅れ、その間に肝炎がどんどん進行し、劇症肝炎や急性肝不全を呈してしまい患者さんが亡くなってしまうことさえあります。現在私たちは、このような急性肝炎様に発症するAIHを早い段階で診断し、治療するための診断基準の作成に着手しています。
治療の基本は免疫抑制薬の内服で、まず副腎皮質ステロイドという飲み薬を使用します。副腎皮質ステロイドであるプレドニゾロンを、発症時には30~40mg./日(病状が重い場合には50~60mg/日)服用します。これによって肝機能検査値は改善しますので、推移を見ながらプレドニゾロンの量を5~10mg/日までゆっくり減らします。治療の目標は肝機能検査値、ことにALTと、IgGの正常化です。当初から、あるいはプレドニゾロンの減量中に、アザチオプリンという別の薬を50~100mg/日で一緒に服用する場合もあり、これによってプレドニゾロンの減量を早めたり、中止したりできる場合があります。ただ、副腎皮質ステロイドあるいはアザチオプリンを両方とも完全に中止すると、多くの場合自己免疫性肝炎が再燃し、肝機能検査値が再び悪化してしまうため、数値が安定する最低量のプレドニゾロンないしアザチオプリンを維持量として、長期間内服する必要があります。減量の途中、あるいは維持量内服中に病気が再燃した場合は、副腎皮質ステロイドの増量やアザチオプリンの併用を考慮します。
副腎皮質ステロイド内服中は、消化性潰瘍、満月様顔貌、糖尿病、脂質異常症、骨粗鬆症などの副作用が出現することがあります。アザチオプリンは比較的副作用の少ない薬ですが、それでも血液の中の白血球・血小板の数が急激に減ってしまうことがあります。これら副作用についてもよく理解し、病態に応じて予防薬投与を受けることも大切です。ことに中年以降の女性の方は骨粗鬆症を発症するリスクが高いので、定期的に骨密度検査を受け、低下している場合には骨密度を改善する薬が必要になります。副腎皮質ステロイド・アザチオプリンなど免疫抑制薬の自己判断による中止は自己免疫性肝炎の再燃につながるため、きちんと服用することが大切です。
~最近のトピックス(2):プレドニゾロン・アザチオプリン以外の新薬~
プレドニゾロンは極めて有効性の高い薬ですが、その一方で副作用がとても多いことも知られています。アザチオプリンもまた無視できない副作用があるため、このいずれの薬をも服用できない患者さんがおられます。このような自己免疫性肝炎患者さんの治療にはプレドニゾロン、アザチオプリン以外の免疫抑制薬が必要です。欧米では副作用を軽減した副腎皮質ステロイドであるブデソニドという薬、また異なった種類の免疫抑制薬であるミコフェノール酸モフェチルという薬が使用されることがあり、十分ではないですが治療効果が確認されつつあります。今後私たちは、患者さんや製薬企業の協力を得て臨床試験や治験を行い、ブデソニドやミコフェノール酸モフェチルを日本でも使用できるようになるよう、研究を続けていきたいと考えています。
発症はとてもゆっくりであり、自覚症状も軽い場合が多いため、通常ご自分で発症に気がつくことはなく、健康診断などで偶然に発見されることがしばしばあります。しかし、治療を行わないとその進行は早く、肝硬変から肝不全に至ることも稀ではありません。適切な治療を施された患者さんのほとんどでは、肝臓の炎症が速やかに改善し、進行もみられなくなります。日本での調査では、適切な治療を受け、肝機能検査値が安定している自己免疫性肝炎患者さんの長期予後は良好で、死亡率は一般人口の死亡率と差のないことが示されています。ただ、頻回に肝機能検査値が悪化する患者さんの中には予後不良な方も存在し、肝不全や肝細胞癌を発症する場合があります。
自己免疫性肝炎の治療には副腎皮質ステロイドが使用されますが、副作用として食欲亢進や肥満、糖尿病、脂質異常症が出現することがあります。したがって、食事の量に気をつけ、高カロリー食を避け、体重が増えないようにすることが大切です。比較的多量(15~20mg/日以上)のプレドニゾロンを内服している場合には、何らかの病原体に感染するリスクを避けるため、人の多いところへ出かける時にはマスクを着用したり、粉塵の多い場所を避けたりすることが必要なこともあります。一方、維持量(5~10mg/日)のプレドニゾロンの内服であれば感染を含め日常生活で特別な注意は不要ですし、仕事・旅行なども制限はありません。
予防接種については、不活化ワクチン(インフルエンザ、肺炎球菌、B型肝炎など)やトキソイドワクチン(ジフテリア、破傷風など)は接種可能です。副腎皮質ステロイドなど免疫抑制薬での治療中には予防効果が少ないことがありますが、その反面ワクチンを接種せずインフルエンザなどに感染してしまった場合、免疫抑制薬の影響で重症化してしまう危険もありますので、ワクチンを接種されることをお勧めします。一方、生ワクチン(麻疹、風疹、おたふくなど)は、副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬を服用している場合は、原則として接種できません。
自己免疫性肝炎は、妊娠中は病気の落ち着くことが多いですが、出産後に病気が悪化し肝機能検査値が上昇する場合がありますので、主治医の先生および産科の先生とよく相談してください。5~10mg/日程度の副腎皮質ステロイドの服用は妊娠・出産には影響はないと考えられています。アザチオプリンについては、以前は妊娠中には服用してはいけない薬と位置づけられていましたが、比較的安全であることが確認され、2018年7月から治療上必要な場合には妊婦の方が服用することもできるようになりました。