難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究 厚生労働省難治性疾患政策研究事業

医療専門家の方へ

急性肝不全(劇症肝炎)

最終更新日:2017年1月27日

1.概念・定義
劇症肝炎とは、肝炎ウイルス感染、薬物アレルギー、自己免疫性肝炎などが原因で、もともの正常の肝臓に短期間で広汎な壊死が生じ、進行性の黄疸、出血傾向及び精神神経症状(肝性脳症)などの肝不全症状が出現する病態である。わが国では、「初発症状出現から8週以内にプロトロンビン時間が40%以下に低下し、昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症を生じる肝炎」と定義され、この期間が10日以内の急性型と11日以降の亜急性型に分類される(表1)。

表1.劇症肝炎の診断基準(厚生労働省「難治性の肝疾患に関する調査研究」班:2003年)(別ウィンドウで開きます)

先行する慢性肝疾患が認められる症例は劇症肝炎から除外するが、B型肝炎ウイルス(HBV)の無症候性キャリアが急性増悪した場合はこれに含めている。また、リンパ球浸潤などの肝炎像が見られる疾患に限定しており,薬物中毒、術後肝障害、急性妊娠脂肪肝など肝炎像の認められない場合は劇症肝炎から除外している。プロトロンビン時間は40%以下であるが、肝性昏睡Ⅰ度までの症例は急性肝炎重症型と診断する。その約30%が昏睡II度以上の肝性脳症を併発するため、劇症肝炎の前駆病態として重要である。また、肝性脳症が出現するまでの期間が8~24週の症例は遅発性肝不全(LOHF:late onset hepatic failure)に分類し、劇症肝炎の類縁疾患として扱われている。なお,研究班は2011年にわが国における「急性肝不全」の診断基準・成因分類を発表、2015年に改訂した(表2、3)。この診断基準では「正常肝ないし肝予備能が正常と考えられる肝に肝障害が生じ,初発症状出現から8週以内に,高度の肝機能障害に基づいてプロトロンビン時間が40%以下ないしはINR値1.5以上を示すもの」を急性肝不全と診断する。急性肝不全は肝性脳症が認められない,ないしは昏睡度がⅠ度までの「非昏睡型」と,昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症を呈する「昏睡型」に分類する。また,「昏睡型急性肝不全」は初発症状出現から昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症が出現するまでの期間が10日以内の「急性型」と,11日以降56日以内の「亜急性型」に分類する。従って,劇症肝炎は「急性肝不全:昏睡型」の中で,成因が組織学的に肝炎像を呈する症例と見なすことができる。

表2.急性肝不全の診断基準(厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班:2015年改訂版)(別ウィンドウで開きます)

表3.急性肝不全の成因分類(厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班:2015年改訂版)(別ウィンドウで開きます)

2.疫学
成人の劇症肝炎の年間発生数は1972年の調査では約3,700人と推定されたが、近年は減少傾向にあり、2005年の調査では約400人と推定されている。なお、厚生労働省の研究班の実施している全国調査では年間100例前後の症例が登録されており、1990年以降の年間発生数はほぼ一定と推定される。 一方、LOHFの発生頻度は劇症肝炎の1/10で、年間発生数は約50例と考えられている。
全国調査には2010-2014年に発症した急性肝不全が1,340例、うち劇症肝炎502例(急性型256例,亜急性型246例),LOHF 43例が登録された。これら症例の解析から、最近は依然、HBVが主たる成因であるが、高齢化して生活習慣病、悪性腫瘍など基礎疾患を有する症例が増加していることが判明した。HBVキャリアは急性型の9%、亜急性型の16%を占めるが、その50%以上は免疫抑制・化学療法が誘因となった症例である。また、基礎疾患を有する症例は亜急性型とLOHFでは50%以上に達しており、その多くは薬物が投与されていた。

3.病因
劇症肝炎、LOHFには成因を特定できない症例が少なからず存在する。1997年まではIgM-HA,HBs抗原,IgM-HBcが何れも陰性の症例は非A 非B型に分類し、これらもウイルス性と想定してきた。しかし、同病型には自己免疫性肝炎の疑われる症例が含まれることが判明し、2002年以降はこれを独立させて、ウイルス性、薬物性、自己免疫性、成因不明例と分類することが決定した。また、ウイルス性はA、B、C、E型およびその他に分類されるが、この中でB型はさらに急性感染例とキャリア例に分類している。
この分類に準拠すると、ウイルス性は急性型の45%,亜急性型の26%を占めている。A型は大部分が急性型に分類され、その頻度は流行の程度によって年毎に変動する。しかし、何れの病型とも最も多いのはB型であり、減少傾向ではあるが全体の約30%を占めている。急性感染例とキャリア例が3:2の比率で見られ、前者は急性型、後者は亜急性型を呈する頻度が高率である。なお,2004年以降はB型の既往感染例(HBs抗原陰性,HBc抗体ないしHBs抗体が陽性)がリツキシマブ,副腎皮質ステロイドなどの免疫抑制・化学療法を受けた後に,HBVの再活性化を生じて劇症化する症例が報告されるようになっている。薬物性と自己免疫性例はそれぞれ全体の17%、10%で、病型では亜急性型に分類される症例が多い。また,成因不明例も未だ全体の約30%と多く診られる。特に、亜急性型とLOHFでは成因として最多であり,それぞれの37%、30%に相当した。なお、2001年以降のウイルス性の症例としてE型の登録が見られようになったが、北海道からの登録例が多く、成因としての比率は高くないようである。

4.症状
劇症肝炎では、肝性脳症を除くと特徴的な臨床症状はない。急性肝炎と同様に急性期には消化器症状(悪心、嘔吐、食思不振、心窩部不快感など)、発熱、全身倦怠感などを認める。一般に急性肝炎では黄疸を発症するとこれらの臨床症状は軽快することが多いが、劇症肝炎では持続ししかも高度であることが多い。
昏睡II度出現時に見られる症候で最も多いのは黄疸と羽ばたき振戦であり、全国集計では前者は97%、後者は73%で観察される。発熱、肝性口臭、腹水、頻脈及び肝濁音界消失が40~60%、呼吸促迫と下腿浮腫が20~30%で観察される。病型との関連では、腹水、下腿浮腫は急性型に比して亜急性型と LOHFで高率に観察されるのに対して、発熱、頻脈などSIRS(全身性炎症反応症候群:systemic inflammatory response syndrome)に関連する症候は急性型における頻度が高い。
また、劇症肝炎, LOHFは高率に全身の合併症を併発し、多臓器不全(MOF:multiple organ failure)に陥る場合もある。合併症ではDICと腎不全が約40%で最も多く、感染症は約30%、脳浮腫と消化管出血は約15%に併発していた。

5.検査
診断では肝性昏睡(II度以上)とともにプロトロンビン時間40%以下が必須である。肝性昏睡発現時の肝機能検査では、急性型は亜急性型に比較して血清総ビリルビンの増加は軽度であり、血清トランスアミナーゼは高値を示す。プロトロンビン時間はいずれの病型では40%以下であるが、急性型でとくに著明に延長している。また、血清アルブミンは亜急性型で低値、血液アンモニアは急性型で高値を示す。
腹部画像所見にも各病型間で差異が認められ、超音波やCT検査で肝萎縮と判定される頻度は、急性型が約40%で低率であるのに対して、亜急性型とLOHFは80%以上と有意に高率である。

6.治療
劇症肝炎、LOHFの治療で最も重要なのは、成因に対する治療と肝庇護療法によって肝壊死の進展を阻止することである。このため1次医療機関と肝臓専門医の病身連携が重要で、急性肝炎重症型と診断された症例は、専門機関へ移送して可及的速やかに治療を開始すべきである。昏睡II度以上の肝性脳症を併発して劇症肝炎ないしLOHFと診断された場合は、血漿交換を中心とした人工肝補助療法を開始する。また、この時点で難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究班が作成した「スコアリングシステム(2009年)」(表4)やデータマイニング手法で開発した「決定木モデル」(図1)などを用いて初回の予後予測を行い、死亡が予測される場合は家族に生体部分肝移植に関する説明を行うとともに、肝移植実施施設へ患者情報を提供する。家族内にドナー候補が現れた場合は、内科的集学的治療と並行して肝移植に向けた準備を開始する。全身状態が安定している患者では、治療開始5日後に予後を再予測し(図2)、死亡と予測された場合に肝移植を実施する。病態が急速に悪化し、特に脳浮腫の兆しが見られる場合は、5日後の再予測を待たずに肝移植を実施せざるを得ないのは言うまでもない。

表4.劇症肝炎の肝移植適応ガイドライン・スコアリングシステム(厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班:2009年)(別ウィンドウで開きます)

図1.決定木法による劇症肝炎,LOHF症例(1998-2003年発症)脳症出現時のデータに基づく予後予測モデル(別ウィンドウで開きます)

図2.決定木法による劇症肝炎,LOHF症例(1998-2003年発症)脳症出現5日後のデータに基づく予後予測モデル(別ウィンドウで開きます)

成因に基づいた治療法と肝庇護療法は可及的早期から実施するのが望ましい。A、B型の急性感染例では末梢血血小板数が減少している症例がしばしば経験される。これら症例では、肝類洞内凝固に微小循環障害が公汎肝壊死の原因であるとの想定から、肝壊死進展防止の目的で抗凝固療法を実施する。抗凝固療法には ATIII濃縮製剤と合成蛋白分解酵素阻害薬を用い、ヘパリンは併用しないのが原則である。B型キャリア例ではエンテカビルなどの核酸アナログ製剤を投与するが、その効果出現には数日を要するため、インターフェロンを併用した抗ウイルス療法を実施するのが望ましい。なお、B型急性感染例でも肝壊死が持続している場合や、肝炎ウイルスマーカーからキャリア例との鑑別が困難な症例では、同様に抗ウイルス療法を実施すべきである。一方、自己免疫性や薬物性の症例では副腎皮質ステロイドをパルス投与(水溶性プレドニソロン:1,000 mg)する。本療法は肝庇護や過剰免疫の抑制の目的でも有用であり、ウイルス性や成因不明例でも実施される場合がある。
全身管理としては、中心静脈を確保して、水、電解質、栄養及び循環動態を管理する。熱源はブドウ糖を中心とし、1,200~1,600 K cal/日を目安に輸液する。劇症肝炎では血漿アミノ酸濃度が高値であるため、アミノ酸製剤は原則として投与しない。従来、人工肝補助療法は血漿交換が中心で、単独では肝性脳症の改善効果が不十分であるため、血液濾過透析と併用されてきた。血液濾過透析には、短時間に高流量で置換するHDF (hemodiafiltration)と、24時間持続的に置換するCHDF(continuous HDF)がある。最近では、肝性昏睡からの覚醒効果に優れるon-line HDFが普及し始め、血漿交換は補助的な治療法になりつつある。循環動態が不安定な症例では,CHDFより治療を開始し、昏睡の改善が不十分な場合はHDFに変更するのが適切である。肝性脳症に対してはラクチュロースを経口ないし注腸で投与し、腸管難吸収性の抗菌薬である硫酸ポリミキシンBを用いた腸内殺菌を実施する。昏睡Ⅲ度以上の症例では脳浮腫を高率に合併するため、上半身を軽度挙上させ、マンニトールを投与することにより、脳圧低下に努める。また、合併症に対する治療も重要であり、特に感染症を併発すると肝移植も実施できなくなるため,その予防に注意を払う必要がある。多くの患者は人工肝補助のためにカテーテルを血管内に留置しているが、その感染を防止するために5日以内に交換すべきである。また、誤嚥に注意し、体位交換を励行することで、呼吸器感染症の併発を予防しなければならない。

7.予後
急性肝不全の予後は病型に依存しており、2010年から2014年に発症した症例の集計では内科的治療のみを実施した症例における救命率は急性型44%、亜急性型27%、LOHF 3%であった。成因との関連では、2009年以前はA型が特に良好であり、亜急性型を含めても77%が救命されていたが、高齢化と共に53%に低下していた。一方、B型キャリア例と自己免疫性疑い例は、急性型、亜急性型ともに救命率が低く、その対策が急務となっている。また,B型既往感染からの再活性化例は特に予後不良であり,2004~2014年までに発症した38例が登録されているが,肝移植で救命された1例を除き全例が内科的治療のみで死亡した。再活性化例では肝炎発症の予防が必須であり,免疫抑制・化学療法実施時のガイドラインを遵守することが求められる。なお、1998年以降は生体部分肝移植を実施する症例が、2010年の臓器移植法改正後は脳死肝移植が増加しているが、これも含めた救命率は急性型50%、亜急性42%、LOHF 16%に達している。

このページの先頭へ