難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究 厚生労働省難治性疾患政策研究事業

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最終更新日:2016年11月14日

PBCの病名変更

Primary biliary cirrhosis(PBC、原発性胆汁性肝硬変)という疾患概念が初めて提唱されたのは1940年代終わりのことです(文献1)。以来PBCは、中年女性に好発し、皮膚搔痒や眼瞼黄色腫を伴い、進行すると黄疸を呈し肝不全へと至る疾患として、臨床医の間に定着していきました。実際、PBCの早期診断が困難であった当時、臨床家の前に現れるPBC症例のほとんどが肝硬変の病像を呈していたと推測されます。

しかしその一方、PBCの全てが肝硬変ではないという指摘も早くからなされていました。例えば英国の著名な肝臓学者であるSherlockは、既に1959年の時点で、PBCの中には肝硬変を呈していない症例も少なからず存在し、無症状の症例の予後は10年以上あることを指摘しています(文献2)。その後、抗ミトコンドリア抗体測定の臨床応用に代表されるPBCの早期診断技術の進歩、加えて1990年代以降ウルソデオキシコール酸の長期予後改善効果の立証及び第一選択薬としての確立などにより、今日ではPBC症例の多くで健常者とほぼ同様の長期予後が期待でき、肝硬変にまで進展する症例は少数となってきました。現在の日常臨床では、新たにPBCと診断した症例に対して「あなたの病名には肝硬変とついているが、実際にはあなたの肝臓は肝硬変ではなく」というような、分かりにくい説明をせざるを得ない場合がほとんどでした。

  

(2014 EASL PBC monothematic conference. UK-PBC・Mr. Robert Mitchell-Thain氏より)

このような背景に加え、各国患者団体からの強い要請もあり、2014年ヨーロッパ肝臓学会(EASL)PBCカンファレンスにおいてPBCの病名変更が議題に上がりました。この場で”cirrhosis”という語句は変えるべき、ただし長年使用されてきたPBCという略語を活かす形でcirrhosisに代わる語句が望ましい、という合意が得られ、2015年、PBCを新たに“primary biliary cholangitis”と呼称することがEASLおよびアメリカ肝臓学会(AASLD)で決定されました(文献3)。日本でも同様に、厚労省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班からの要望を受け、2016年春に日本肝臓学会・日本消化器病学会で「原発性胆汁性胆管炎」への病名変更が決議されました(文献4)。

「原発性胆汁性胆管炎」(Primary biliary cholangitis)という新病名に問題がないわけではありません。biliaryとcholangitisとは同意反復であるという批判もあります。しかし、PBCの病名変更という機運が持ち上がるたびに、新たな病名について多種多様な意見が百出し、まとまらなかった過去の歴史を乗り越え、ひとまずcholangitisでまとめようというのが今回の合意です。“肝硬変”という病名は、多くのPBC患者にとって誤りであるだけではなく、生命保険に加入できない、希望する職種に就けないなど、医療従事者が想像する以上に大きな心理的・社会的負担となってきました。この弊害を取り除き、患者さんとの間により良いコミュニケーションをもたらすため、今後医療従事者におかれましては、「原発性胆汁性胆管炎」という病名を使用されるようお願いいたします。

 

1)          Dauphinee JA, Sinclair JC. Primary biliary cirrhosis. Can Med Assoc J. 1949; 61: 1-6.

2)          Sherlock S. Primary biliary cirrhosis (chronic intrahepatic obstructive jaundice). Gastroenterology. 1959; 37: 574-86.

3)          Beuers U, et al. Changing nomenclature for PBC: From 'cirrhosis' to 'cholangitis'. Hepatology. 2015;62(5):1620-2.

4)          田中 篤、滝川 一、三輪洋人、下瀬川 徹、持田 智、小池和彦 「PBCの病名変更:「原発性胆汁性肝硬変」から「原発性胆汁性胆管炎」へ」 肝臓、2016;57:309-311.

 

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