
肝臓は、身体に必要な物質を合成し、薬物や身体に有害となる物質を解毒して排泄するなど、生命活動にとって重要な役割を担っています。肝臓の中でこれらの働きを担う肝細胞が炎症によって急に壊れることによって起こる病気が急性肝炎、さらに、大量に壊れてしまい肝臓の機能が極端に低下して意識障害(肝性脳症)がみられた場合を劇症肝炎と言います。炎症以外の原因を含めるときは急性肝不全(意識障害がなければ非昏睡型、あれば昏睡型)と呼びます。意識障害(肝性脳症)は、肝臓の機能が低下して、身体に有害な物質が蓄積することにより出現します。血液を固めるために必要な凝固因子も作られなくなり、血が止まりにくくなります。同じ原因であっても、なぜ一部の人のみで重症化して急性肝不全(劇症肝炎)になるのかは、わかっていません。
肝細胞はいったん壊れても増殖する能力に富んでいるため、大部分の急性肝炎は、肝細胞が壊されても自然に元の状態に戻り、特別な治療を行わなくとも治ります。しかし、急性肝不全(劇症肝炎)では、肝細胞の破壊が極めて大規模に起こるため、肝細胞の増殖が間に合いません。適切な治療を行っても生命の危険に陥る場合が少なくありません。
わが国における劇症肝炎の患者さんの数は年間約400人(急性肝炎患者さんの数の約1%に相当)、急性肝不全はそれ以上と推定されます。
急性肝不全(劇症肝炎)は新生児から高齢者まであらゆる年齢層に、男女を問わず発症します。最近では、B型肝炎ウイルスのキャリアからの発症や、もともと肝臓病以外の病気のために薬物治療を受けていた患者さんが急性肝不全(劇症肝炎)になる場合が増える傾向にあります。B型肝炎ウイルスのキャリアの方は、肝機能が正常な場合でも急性肝不全(劇症肝炎)となることもあると心得て、尿が紅茶のように褐色となったり、皮膚や目の白い部分が黄染するなど黄疸が疑われたりしたら、直ちに医療機関を受診して下さい。
また、B型肝炎ウイルスは性交渉を介して感染し、急性肝不全(劇症肝炎)を発症する場合もあります。パートナーがB型肝炎ウイルスのキャリアの場合にはワクチンによる予防を推奨します。
B型肝炎ウイルスのキャリアは、他の病気のため副腎皮質ステロイド薬などの免疫抑制薬や抗癌薬を投与を受けた際に急性肝不全(劇症肝炎)を発症することがあります。また、キャリアの場合よりは低頻度ですが、B型肝炎ウイルスに感染して既に治癒したと判断される方(既往感染)であっても、免疫抑制薬や抗がん剤の投与を受けた後に、急性肝不全(劇症肝炎)を発症する場合があります。これらはB型肝炎ウイルスの再活性化と言われます。死亡率が高いため、予防が重要です。
副腎皮質ステロイド薬などの免疫抑制薬や抗がん剤による治療を受ける前には、主治医の先生と相談して、必要に応じて肝臓専門医にも受診して、再活性化を予防するための対策を行う必要があります。
急性肝不全(劇症肝炎)の原因として、肝炎ウイルス、薬物性、自己免疫性の頻度が多くなっています。医学が発展した現在でも、約30%は詳しい検査をしても原因が確定できません。ウイルス性の中では、B型肝炎ウイルスの感染が最多を占めています。これには、B型肝炎ウイルスのキャリアが発症する場合と、キャリアから性交渉などを介して感染して発症する場合とがあります。A型肝炎ウイルスやE型肝炎ウイルスが原因になることもあり、年によって流行の程度が異なります。C型肝炎ウイルス感染もその頻度はわずかですが急性肝不全(劇症肝炎)になる場合があります。
薬物性は、病院で処方される薬だけでなく、市販の薬や、健康食品・サプリメントなどが原因となります。最近では、体の免疫を高めることを目的とした薬が、がんなどの治療に利用されることが増えてきています。その治療の副作用によって免疫のバランスが崩れて肝炎を起こす特殊型もみられるようになりました。
原因の確定できない患者さんでは、通常の検査では特定困難なウイルスが原因となっている可能性や、非典型的な薬物性や自己免疫性の急性肝不全(劇症肝炎)が含まれている可能性があり、その実態を解明することが今後の課題です。
急性肝不全(劇症肝炎)が遺伝することはありません。しかし、B型肝炎ウイルスは母親がキャリアであると、出産時に感染した子供がキャリアになることがあります。もし、親・兄弟または子供がB型肝炎ウイルスのキャリアであることが判明した場合は、念のためご自分にはウイルスが感染していないかを血液検査で見ておくことをお勧めします。
最初の症状としては、発熱、筋肉痛などの感冒様の症状、全身のだるさや食欲不振などが多く見られます。次いで、尿が濃褐色になるとともに黄疸が見られるようになります。最初の症状が軽度で黄疸により初めて病気に気づく場合もあります。
急性肝炎では黄疸が出てからは全身のだるさなど最初の症状は軽くなりますが、急性肝不全(劇症肝炎)になっていく場合は、これが持続するか逆に悪くなり、やがて肝性脳症が現れます。
肝性脳症の程度は様々です。昼と夜の睡眠リズムの逆転、服装や姿勢が乱れていても無関心でいたりするなど、さらには、場所、人、時間などを間違えたり、興奮して暴れたりするようにもなります。重症になりますと、眠ったままで呼びかけや痛み刺激に反応しない状態(肝性昏睡)に陥ります。
急性肝不全(劇症肝炎)では、細菌の感染や腎臓、肺、心臓、消化管などの異常、血液凝固の異常など、全身の臓器に障害が起こります。そのため、発熱、呼吸困難、むくみ、下血、口腔内や注射針で刺した部位からの出血など、色々な症状が次々と現れることになります。
B型肝炎ウイルスの感染が原因の場合は、エンテカビルなどの核酸アナログ製剤を用いた抗ウイルス療法が最も有効です。また、自己免疫性肝炎や薬物アレルギーが原因の場合は副腎皮質ステロイドを大量に点滴静注する治療を行います。これらの治療を肝性脳症が現れる前から行うことにより、急性肝不全(劇症肝炎)への進行を抑えることが期待されます。
急性肝不全(劇症肝炎)になってしまった場合には、原因の如何にかかわらず、肝臓の働きを補うための人工肝補助療法を行って、身体に必要な物質を補充し、有害な物質を取り除きます。この治療法には、患者さんの血液から血球以外の成分(血漿)を取り除き、これを健康な人の血漿と交換する方法(血漿交換)と、腎臓が悪い患者さんで行われている血液透析を応用した方法(血液濾過透析)があります。また、全身の臓器障害に対しても、適時に治療を行う必要があります。これらの治療により肝臓の機能が低下している期間を乗り切れると、肝臓が再生してくるので救命が可能となります。
しかし、急性肝不全(劇症肝炎)ではこのような治療によっても肝臓の機能が回復しないことがあり、その際は肝移植が検討されます。何らかの原因で脳死状態となってしまった患者さんから肝臓の提供を受ける脳死肝移植と、近しい親族から肝臓の一部分の提供を受ける生体部分肝移植がありますが、わが国では生体部分肝移植が広く行われています。従来、生体部分肝移植は主に小児に行われていましたが、最近では成人でも積極的に行われるようになりました。また、脳死肝移植の実施数も平成22年の法律の改正で徐々に増えています。移植については、日本肝臓学会のHPの“流れがわかる肝移植”のサイト(https://www.jsh.or.jp/medical/transplant/)をご参考にされてください。
急性肝不全(劇症肝炎)は、最初の症状に気づいてから肝性脳症が現れるまでの期間が10日以内の場合(急性型)と11日以降の場合(亜急性型)に分類されますが、経過は急性型の方が良好です。
2016-2021年に全国の主な病院の集計結果によると、急性肝不全(劇症肝炎)と診断された患者さんのうち、肝移植を実施せずに内科的な治療のみで救命された患者さんは、急性型で約35%、亜急性型で約20%でした。A型肝炎ウイルスが原因の場合には多くが急性型で、以前は特に経過良好でしたが、近年は高齢化に伴い救命率が低下しています。また、肝移植を受けた患者さんを含めると、救命率は急性型・亜急性型ともに約45%でした。
肝移植を受けずに救命された場合には、後遺症を残すことなく治癒することがほとんどです。しかし、肝臓が肝硬変にまで進行していまい、その後の管理が必要となる場合も一部にあります。肝移植により救命された後は、提供を受けた肝臓が免疫反応によって拒絶され壊れていくのを避けるため、免疫抑制薬で新しい肝臓を守り続けていきます。